逃げたいときは逃げていい!?「嫌なこと」「わからないこと」を分けるとわかる解決法

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・感情

「もう嫌だ、今にもすぐ逃げ出したい」

そんなときありますよね。

そう思ってしまう自分がいけないのではないか?と自分を責めてしまうことも

逃げることって悪いことなんでしょうか?

逃げたいときは、自分の心が悲鳴をあげていあるときです。

どんな状況であっても、まずは自分をそこから解放してあげましょう

自分を解放する方法は、どんな方法でもいいわけではありません

自分を含めたこれから先のことに希望を持てる方法を選ぶ必要があります。

そのために今回は、これから先に希望を持てるように「嫌こと」と「わからないこと」に分けて解決法をお伝えしますね。

 

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逃げるって悪いこと?

 

小さい頃は「嫌だ」と思えば、やらなかったり、だらだらしたりと、親に何度も叱られようがやりたいようにしていた経験ありませんか?

それがいつの間にか「嫌なことでも頑張らなきゃいけない」とか「嫌なことから逃げてはいけない」と思うようになっている。そして、周囲にもそれが当たり前だという人がいる。

辛抱して経験をすることで経験知は上がります

結果的にプラスになることであればよいのですが、そうではない場合もありますよね。

その場合には、身体や心にかかえきれない大きな荷物を持たされ続けているような気分で生きていることになるんですよね。

子育てをしていると、子どもが嫌がったり大変そうなことであっても「できなかったことが出来るようになるため」にくり返しの声がけや指導をしていきます。子育てをする上では、それ自体は必要なことだと思っています。

ただ、子どもは「どう受け取っているのか?」と言えば、「嫌なことでもやらなきゃいけないことがあるんだな」と、ひとくくりで受け取ってしまっているのかも知れませんね

だから私たちが大人になってからも、そんな感覚が身に沁みついているのでしょうね。

しかし自分の人生は、誰かのために責任を持つのではなく自分自身に責任を持つことで、自分らしく生きられるようになるんです。

大人になってからは少し感覚をシフトしていきましょう。

 

逃げたいときの解決法とは?

 

「今の状況から逃げだしたい」と思うときは、何とかしてその状況から抜け出したいですよね。

逃げたいときの解決法として、まず初めにやることは、その気持ちをしっかりとそのまま受け止めてあげることです。

 

逃げたいときには逃げていい!

 

その場所のルール(規則や法律など)を守ることは、社会人としての基本ですよね

そうではない「嫌なこと」から逃げることって悪いことでしょうか?

今の私なら、はっきりと「いいえ」と言えます

人は無理をすると、身体や心が弱ってしまうからです。ストレスをためると、体調を崩します。

「病は気から」とも言いますよね。本当です。身体にバランスのよい食事をしていてもストレスを過剰にためてしまうと、身体や心に異変が現れます。

逆の場合もありますね。「健全な精神は健康な身体に宿る」とも言いますよね。

自分がやりたいと思う仕事や給料が高い仕事を頑張っていて、気持ちは満たされていても睡眠や食事といったことがおろそかになってしまっていれば、知らぬ間に身体が悲鳴をあげることになるんです。

私自身、どちらも経験がありますので本当にその通りです。

自分の感覚って、研ぎ澄まされているときと、鈍っているときがあるんです。身体や心が疲れ切ってしまっているときって、感覚が鈍っているんですね。

もうその状態では自分の本来の欲求に気付けなくなってしまっていて、身動きが取れないんです。

だから嫌なことからは「逃げる」しかないんです。それでいいんです。

まずは、誰にも邪魔されない場所に身を置く。ひとりの時間をつくって何も考えないで休むことだけしてみましょう。

自分自身の心の声を聞く準備ができるようになるまでは「嫌なこと」から逃げていいんです。

それをしなければ、自分が自分でいられなくなります。責任も何も、全てがどうでもよくなってしまう。そういうことって、特別なことでも何でもないんですよね。

そうなるのは、望んでいませんよね。

そのためには、まずは嫌なことからは逃げます

 

自分が知らなかったことを知るようにする

 

自分が知らなかったことは、目の前にある情報だけとは限りません

もっといろいろな角度から、世の中を眺めてみます。

「こんなことがあるのか?」ということにまで気がつくようになれば、やり方や選択肢が広がります。

今「わからないこと」は知らなかったことでもあるんですね

 

一部の人しか「知らないこと」「わからないこと」もあると諦めない

 

インターネットが誰にでも使える時代になる前は、世の中のことや知識、方法を知ることは一部の人に限られていました。

身近に、勉強をしたことのある人、経験がある人、知識や情報を買うお金を持っている人、祖先のつながりで頼れる人がいる人だけが知っていたことも多くあったように思います。

そういった状況にない人にとっては、全て知らないところからのスタートで自分で学んでいく他なかったんですよね。

しかも、その手段も本を読むことだったり、どこに向かって誰の話を信じて進めば良いのかもわからないまま、自分で経験することでしか手に入れることはできないことでした。

しかし、今は時代が変わりました。インターネットがあります

情報は誰でもが発信できるようになったし、すぐにわからないことも調べられます。世の中の仕組み手にとるように知ることができるようになりました。インターネットのおかげで、地位や立場に関係なく、ほとんどのことが知ることができるんですよね。

誰にでもやりたいことを実現させるチャンスがある時代になったんだなと思っています。

ただ「知らないこと」「わからないこと」を自分で知ろうと調べたりしない限りは、この時代でもチャンスは巡ってきませんし、自分の身を守ることもできなくなってしまいます

一部の人しかわからないようなことでも「どうせわからないから」「そういう人たちとは違うから」と、言い逃れをするのではなく、自分に関わる「知らないこと」「わからないこと」は、そのままにせずに自分から情報を集めて知ろうとするようにしましょう。

 

間違った情報や常識にとらわれない

 

時代が変わり、たくさんの情報が手に入れることが簡単で自由な世の中になったからこそ、自分の中にしっかりと基準をもって自分にとって正しいと思える情報を選んでいきましょう。

常識については「昨日までの常識が今日は通じない」とか、ありますよね。そもそも「常識」って誰が決めているのでしょうか?

間違った情報を信じてしまったり、その場の常識に縛られていることに気づいたらどうでしょう。

できるだけ広い範囲を縦(時空)、横(世界、宇宙)に見渡してみることって、大切です。

「今いる場所だけが全てじゃないんだ」ってことがわかると思いますよ。

 

たくさんの情報を照らし合わせて 事実を含めた情報を意識して選択する

 

お金のことだって、法律、保険、商売、人間関係なども調べて学べば、知らないことがいかに損をしているのかということがよくわかります。

「知らないこと」「わからないこと」が知らない、わからないままだと、自分にとっての正しい選択ができません。

調べることは少し手間がかかります。学ぶこともですね。

安易に情報を信用するのではなく、できるだけたくさんの情報を違った角度から照らし合わせていくことで、真実が見えてきます。そこには、しっかりと労力を注ぎましょう

だんだん、慣れていくと他のこととの関連性にも気づいてくるので、どのことが信用できる情報なのかが、さらに確信が持てるようになります。

やっていることは小学生が少しずつ勉強がわかっていく過程と何も変わりはなく、どんな人にもやる気を出せばできることだと思います。事実を理解するコツをつかめば、さらに早くなります。

こんなに誰にでもチャンスがある時代に、もし「自分だけが損をしている」ように感じるのであれば、知らないことやわからないことが多すぎるせいかも知れません。

今はどちらかというと技術とか知識がただあるだけよりも「知っていることが多い人」が、仕組みを上手に活用することで成功していくのだと思います。

 

常識は時代や文化によって変わる

 

常識は、時代や文化によって変わります。

そもそも 常識とは、一般的な社会人が共通して持っている認識のことです。

結局は常識というのは、その時代に共に同じ社会で暮らす人との共通認識ですよね。

もし、その常識という概念に押しつぶされそうになるのなら、そこから逃げ出してしまえばいいんです。

時代をタイムスリップすることはなかなかできないですが、自分の居場所である社会を変える(移動する、改革する)ことは可能です。

  • 今、活動している場所ではない場所に拠点を移す
  • 自分のいる社会の一般的な共通認識を変えてしまう新しい価値観を生みだす

このようなことです。

はたから見れば、一見、逃げているように見えてしまうこの行動。本当にそうでしょうか?

今の最先端の価値観や技術をつくっている人たちは、きっと今までの常識を打ち破り何らかの批判があったとしても、気にせずに築きあげてきたんですよね。

そのおかげで、私たちは以前よりも安全で便利で効率的な暮らしができている。

変化することは、その考え方を理解する労力が伴いますよね。今までの慣れた生活も変化していくわけですのもね。そうしたことに煩わしさや面倒な思いを感じる人も多くいるのが現実です。

そのような人たちの中には、この生活を変えたくないこのままで間違っていないんだと自分たちの価値観を主張して、自分たち以外の価値観の人たちを認めようとしない(反発、攻撃する)ことがあるんですよね。他にも、その人個人の持つ、不満や嫉妬をわかりやすい対象人物を標的にしてぶつけるといったことも。

「あなたは逃げている」と言う人はそういった人たちではないですか?

私はそう感じています。

だから、嫌なことから逃げることは悪いことではないし気にすることはないんです

自分の軸を強く持って、自分と価値観が近い場所に身を置く。今が居心地が悪いなら移動するなり離れることをしてみましょう。

例え、その場に居続けることを選んだのであれば、時間の経過を待つことで、とてもゆっくりであるかも知れませんが状況は変わります

なぜなら、時代の常識はいつでも変化していきますのもね。

 

「嫌なこと」と「わからないこと」は分けて考える

 

逃げたいときって「嫌なこと」があるときですよね。

しかし「嫌だなぁ」と感じるときは「嫌なこと」だけでなく、知っておいたほうがよいことでも「わからないこと」があると「嫌なこと」と同じように感じませんか?

つい見過ごしてしまうこの感覚を、しっかりと意識していきましょう。

 

「嫌なこと」と「わからないこと」は似ているようで違う!違いを知ろう

 

ここまで見てきて「嫌だな」と苦手に思うときって、2種類あると思いませんか?

そのときの心の状態は、自分の気持ちとなって現れます。

「嫌だな」「苦手だな」ってことは、同じひとくくりではないんです。

「嫌なこと」「わからないこと」として分けられます

「嫌なこと」「わからないこと」を感じたときに思い当たることを書き出してみました。

気持ち 理由 自分の価値観について
嫌なこと ・自分の価値観に合わない
・不快に思う
自分の価値観が
はっきりしている状態
わからないこと ・知らない
・苦手だ
・時間がかかる
自分の価値観が
よくわかっていない状態

これを見て、違いがわかりますか?

価値観について、はっきりと違いがあるのがわかりますでしょうか。

「わからないこと」から逃げてしまっていると、「嫌なこと」がわからないままになってしまうんです。

「嫌なこと」は自分の価値観がはっきりと現れた状態です。

ということは嫌なこと」がないとか、よくわからないと思っている人は、自分の価値観がわかっていない状態なんですよね。

この2つは、似ているようで全く違いますよね

 

「嫌なこと」とは?

 

自分にとって「嫌なこと」って、他の人にとって見れば「嫌じゃないこと」もあります。

「なんで嫌なの?」「そんなことないでしょ、大丈夫だよ」と他人はケロッと言ってきますよね。

でも、自分にとってはとにかく嫌なんですよね。理由を説明できないことすらありますよね。

いや、説明もしたくないこともたくさんあると思います。

今までの私の経験から、嫌なことを無理して頑張っても良いことは何もありませんでした。むしろ、体調が崩れます。

とても近い関係(身内や他人でも)にいる人との間で、嫌なことがある場合にはその場を「簡単に離れられない」と思ってしまう自分がいます。それで、自分に言い訳をして我慢してしまう。こういうことってよくあると思います。

自分に対して理由などいりません。自分にとって「嫌なこと」がある場合には、一旦は離れましょう

関わる人がいる場合には、相手の都合も考えて嫌な気持ちにならないように配慮する言い訳で伝えましょう。

二度と会わないとかしないというわけでなくても、毎日から週2日に、週2日から週1に、月2回、月1回、2~3か月に1回、半年に1回、1年に1回、2~3年に1回、4~5年に1回・・・

このように、徐々に距離を離していってみるのが良いですね。もう自分に余裕がなく緊急の場合には、こんなことも言ってられませんけれどね。そうならない前に早めに自分の気持ちに気づいて行動していきましょう

不思議なことに、あれ程、嫌だと思っていたことが全くなくなってしまうのはちょっと寂しい気分になったり、自分にとってちょうどよい距離感だとすごく良い状況を保てる場合が出てくるんです。

中には、それでも「二度ともういいかな」ということもありますし、そのこともはっきりしてきます。

あくまでも、嫌なことは自分にとってのことだと認識して、一度は関わる人にやんわりと伝えるようにします。それによって状況が変わるかもしれないですね。

ただ 経験上、そう簡単には変わりません。

その後は、そのことに関わっている人たちにとっては好きなことかも知れないので、そういうことも配慮する意味でも、他の適当な理由をつけて距離を離していきます。

価値観が違う人同士はお互いを理解するのって難しいですよね。相手も同じなんですね。

ですので、お互いに心地よい距離になるようにこんな逃げ方で自分も相手も大切にしていきましょう。

 

「わからないこと」とは?

 

「わからないこと」は「知らないこと」ですよね。

知らないことが多い=たくさんの損をしている

最近、このように思います。

あまり損得で考えることは好きではないのですが、生活に欠かせないお金を大事に考える上では、どうしても必要なことです。

多くの人が大人になってから時間を費やすことは、お金を稼ぐことですよね。

働いていない主婦の場合でも、安い食材やお得情報、体に良い食べ物などの情報を正確に知っている人とそうでない人とでは、結果的に手元に残るお金の額は違うはずです。

お金でなくても、自分や家族が健康でいるための正しい情報を得ることに時間を費やすことができている人には、健康でいることが手に入ります。

健康でなければ、たくさん働けないし、たくさん働けば収入が良いというわけでもない。

自分たちの持っている時間は永遠ではないので、あまりゆっくりと考えているだけでも何も変わりません。「時間をどのように、何に対して使っていくか?」ということで自分の人生の満足度は変わってきます

そうなると「どうやったら効率よく満足のいく生活ができるのか?」というのを、自分で考えて見つけていくしかないんですよね。(自分の幸せ)

「わからないこと」をそのままにしておいたり、逃げたままにしておくと、どうなるでしょうか?

そうです。自分の価値観があやふやなままで、何が幸せで何がよいのかがわからないままになってしまうんですよね。

だから無意味にお金を使ってしまったり、お金がないからがむしゃらに働かなくちゃと自分に言い聞かせ、他人に何かを勧められると調べもしないでその通りにしてしまう。

そんな経験ありませんか?

以前の私はそうでした。

「わからないこと」が多いをと不安になりやすいですし、世の中のことを何も知らずにいることは、一番、損をします。

 

調べたり、本や説明書を読んだり、学んだりすることは、面倒で時間もかかります。

大変ではありますが、知ってしまえば関連性を持って世の中のことを理解することも増えますし、後々、心にも行動にも時間にもゆとりが生まれます。

その生まれたゆとりで、自分の人生の時間を好きなように過ごせるんです。

何も世の中 全てのことを知り尽くすことでなくても、最低限、自分に関わっていることについては、先延ばしせずに早めに調べて、わかるようにしましょう。

「わからないこと」があっても、大変なときは一旦は逃げてもいいです。しかし、ちょっとしたことであってもすぐに時間をつくって、一つずつ「わからないこと」をなくしていく努力は続けていきましょう。

 

 

「嫌なこと」から逃げるのは「自分がどう生きたいかを一番大切にすること」

 

誰にでも、小さなことであっても一つぐらいは「嫌なこと」はあると思います。

自分が「嫌だ」と思うことを認めてあげると、人の「嫌だ」ということも価値観が違ったとしても認めてあげられるようになります

他人の「嫌なこと」について「逃げている」とか文句をいう人は、自分が自分の「嫌なこと」を認めてあげることができていないんだと思います。だから「嫌なこと」に正直に生きている人に対して「あなたはずるい」というような気持ちを持ってしまうんでしょうね。

嫌なことから逃げてはいけないんだ」と思い込んでしまうのは、とくに自分の価値観に迷いがある場合です。

その場合には、冷静に判断することができずに「逃げること」は良くないことなんだと真に受けてしまいます

その結果、嫌な状態を長く続けることでストレスが溜まりますし、その言葉に従っている限り身動きが取れなくなってしまうんです。

嫌なこと」から逃げることは「自分がどう生きたいか」を大切にしている行動です。それは自分と相談(対話)することでもあるんですね。

 

 

「わからないこと」から逃げるのは「新しい自分を知らずにいること」

 

「わからないこと」はと、知らなくても構わないと思っていることと自分が知りたい思っていることの2つに分かれますよね。

知らなくても構わないという場合には、そのことに関する知識や情報がなくても困らない状況である場合です。

例えば、渋滞のほとんどない田舎暮らしの人が車で買い物に行く際に「渋滞情報」を知っておく必要はないですよね。

逆に、市街地近くに暮らす人の場合には車で買い物に行くためには周辺の「渋滞情報」や事情を知っておくことは大事ですよね。「わからないこと(渋滞情報)」を調べるなどして知っておくことは、貴重な時間を効率的に使えるというメリットがあります。

このように自分が知りたいと思っている場合には、そのことに関する知識や情報がないと困ったり悩んでしまう状況である場合です。

「わからないこと」を調べるのにはある程度の時間がかかってしまいます。しかし、毎回、自分の生活に関わってくることや、自分にとって重要なことは例え少々の時間がかかっても面倒くさがって逃げずに対応しましょう。

「自分が知りたいのにわからないこと」を知らないままにしててしまうことは、長い目でみれば自分にとっては「時間をもっとムダに使ってしまう」「手に入れられるものが手に入れられない」「自信が持てない」というデメリットになってしまうからです。

「わからないこと」から逃げることは「自分がどう生きたいか」の最適解や解き方の種類や全容を知らないままでいることになります。

自分には必要ないと思っていたことでも、知っておいて損なことはありません。今まで知らなかったことがわかるようになると、今まで見えていなかったものが目に入るようになり、選択肢の幅が広がるんです。

そうすると、新しい出会いに恵まれたり、自分の行動も今までとは変わります。

自分が「わからないこと」を知るだけでチャンスがやってくるんです。

そして行動を起こせば、新しい自分にもなれるんです。

自分の「わからないこと」からは逃げないで知るようにしましょう

そして、この先の選択肢を増やして「自分がどう生きたいか」をぜひ一度、真剣に考えてみましょうね。

 

 

 

まとめ

 

嫌なことがあってストレスをためてしまうくらいなら、逃げてしまってもいいんです。

疲れている自分に気づいてあげて、自分と相談(対話)をしましょう。

自分と相談(対話)するとは、心の声を正確に聞くためのポイントは、自分の感覚を研ぎ澄ますことです。

具体的な方法は

  • 嫌なことはしない(離れる)
  • 好きなことをする
  • 心地よいと感じるところに身を置く

以上のことです。

自分は「ここから逃げたい」「疲れているんだ」という気持ちを押し込めずに受け止めてあげることが大事なんですね。

その次には、ただ逃げるだけではなく、自分のことや、わからないことは調べたり考えたりするチャンスです。

この機会に、落ち込んだり悲観的な時間を過ごすのはもったいないことですよね。

逃げてしまってもいいから、自分の人生には責任を持ちましょう生きたいように生きるための準備をするんです。

普段は勇気がなかったり、考えるのが面倒だったことでも、このときばかりは、やるしかありません。

そんな気持ちで動けるのも、こういった逃げたい気持ちのときなんですね。

新しい自分に出会うチャンスなんです。

誤解のないように言いますと、社会ではその場所でのルール(法律など)を守る義務があります。そういった決まりがあるから、安心して暮らせてもいるんですよね。

もし、そのルール(規則や法律など)を守ることができなかった場合には、自分が嫌であってもペナルティ(罰則)を受けることもあります。それからも逃げていいという意味ではありません。お間違いないようにしてくださいね。

どの社会で暮らすにしても、その場所のルール(規則や法律など)に則って生活をすることが基本となります。

 

以上のことが前提にあって初めて

「嫌なこと」からは逃げていい 

「わからないこと」は逃げてもいいがわかるように努力しよう

ということです。

「嫌なこと」を我慢してしまうと、自分の価値観がわからないままだったり、身近な人の影響を大きく受けていたことに気づかないままだったりすると、自分の心の声を正確に聞くことができなくなってしまいます。

そうすると、たくさんの情報や助言の中から自分にとって正しい選択ができなくなってしまうんですよね。

「逃げたい」と思ったときの具体的な解決方としては

  • 「嫌なこと」からは逃げる
  • 嫌じゃないことはやってみる
  • 「わからないこと」はわかるようにしてみる
  • 場所ややり方など変えられることは変える(自分に合ったルールの場所、自分に合ったやり方)
  • 変えられないことは、自分の考え方を変える(物事の捉え方、人への評価の仕方)

以上です。

自分が毎日過ごす環境は一番、自分に影響してきますからね。自分に合ったルールがある場所を見つけていくことも大切ですよね。

いつも好きなように思い通りにすることは なかなか難しくても、そういった時間を少しずつでも増やしていくように心がけてみましょう。

「嫌なこと」からは、逃げることがあってもいい!自分と相談(対話)して新しい未来の(成長した)自分に出会えるといいですね。

 

 

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