正しいことなど誰にもわからない!?事実を見つけるコツと情報の選択基準

・社会

何かに悩んだり、迷ったりしたときに「どこかに正解がころがっているのでは?」と探したくなるとき、ありますよね。

インターネットが普及する前は、本を読んだり人に聞いたりすることで答えを見つけようとしていました。最近はネットで検索することで、ほとんどの情報を見ることができるようになりましたね。

情報には、事実とウソが両方あります。

そのことを誰かが教えてくれたとしても、信じるかどうかは自分次第です。そういわれれば、益々どうしたらよいのか、わからなくなってしまいますよね。正解を導き出すのは結局、自分でしかないんですよね。

正しい答えやどっちの道に進むのが正解なのかを知りたい場合には、どのようにしていくのがよいのでしょうか?

 

どこにあるかな 正解は

気になることがあると、できるだけ時間の許す限り調べます。

ある程度で区切らないと他のことができなくなるので、ネットで検索してみて気になる記事をかいつまんで読んでいきます。限られた時間内で何となくの自分の中で現時点での結論を出すようにしています。

全てのことに目を通すことはムリなので、自分なりの感覚を頼りに立場の違う人の情報や意見をかたよりのないように様々な角度から見ていきます。全体像としてみてみると正解はわからなくても、本当かウソかが、何となくわかるようになってきます。

信頼できる情報は、どちらかというと感情的ではなく淡々とした内容だったりします。

「どんな人が、どうしてその情報を発信しているのか?」その発信者の目的を知ることが先です。知りたい内容が真実かどうかを判断するためには、誰が何のために発信しているのかが重要になります。

いくつかの中から事実を書いてあるかどうかを判断するためには以下のようなことにポイントを置いて情報を判断していきます。

  1. 情報を発信している人のやり方、考え方、行動の全てに違和感がなく納得がいくのであれば、ひとまず信用してみる
  2. その人以外の似たような意見や反対の意見にも目を通してみる
  3. その情報に接した人たちの感想やレビューを見てみる
  4. その情報の発信者とつながりのある人はどんな人なのかを見てみる
  5. 専門的な知識がある人の意見の中で、信頼できそうな意見を集めてみる

 

大切なことは「その人たちがその他の行動ではどのような活動をしているのか?」ということを知ることです。それによって、信頼に値するかどうかを判断します。

たくさんの情報を見比べることで、正しいかどうかは別にして、良いことも悪いことも真実であることは、似たような共通するキーワードがあることがわかります。

そこで合点がいくわけです。

 

語り合おうよ 話をしようよ 現実は難しい

人と何かの話題について話していたとしても、本音で話しができることは、ほとんどないのではないかと思うことがよくありますね。

ネットで匿名の場合には、普段言えないことも本音で言える人のほうが多いのではないでしょうか。

社会にいると個人の意見の他に、立場によって力関係よってが変わってくるため、自分の本心や意思とは別の行動が求められることもありますよね。自分の生活を守ることを第一に考えた場合には、言いたくても言えないことや、思っててもできないでいる場合もあるんですよね。

そんな社会で暮らしていても同じ志を持っているとわかったのであれば、同じ目的に向かって語り合うこともあるのでしょうか?私にはそういった経験がないために、現実でそのようにできている人がいるのかはわかりません。

仕事で共通の目的をもって働くことはあっても、語り合うことは今まではなかったです。

人との関係は近すぎると、知らなかったことまで知ることがあるためにお互いにイヤな部分が気になってしまいます。そのため程よい距離感でのお付き合いが多くなれば、なおさら本音で語り合うなどと言うことはなくなっています。

その点、ネットは本音で語りやすい場なのだと感じています。掲示板やブログといった場所にその役割を求めている人は多いのではないでしょうか。少なくとも私はそう思っています。

 

知識 と 情報

一体、何が正しい情報で、何がどうあることがベストなのか。

理想や理論、科学的なことがわかっていたとしても、人間の社会で起こっていることは人間が関わっていることですものね。人は、感情や状況によっていつでも同じとは限らないですよね。

その時代に生きた人たちの「感情」と「正しい情報を理解するための説明」が揃わないと「正しい」と認識されないような気がしています。

人によってもやり方、考え方、望むものが様々だったりします。

何か疑問があると知識までは時間をかければ何とかたどり着けるのですが、そこからどうやって、よりベストな方法を見つけて、どうアプローチしていったらいいのか?わからないときがよくあります。

大昔からしてみても、社会のルールや常識と言われることも、時代の流れと共にどんどん変化してきていますよね。

その時代で最初に新しいことを考えた人は、そのことについてわかってもらうこと、認めてもらうことは苦労する事が多い。今の時代にあった新しいやり方を提案する人は、タイミングが早すぎると反発ばかりされてしまい、なかなか結果を出すことができないことってよくありませんか?

そんなときは「時代に合わなかった」「タイミングが早すぎた」なんて言葉をよく耳にします。

何が正解かどうかは、そのときに求められているものをそのタイミングで提供できることで認められやすくなるのですね。

芸術や功績が、その人がなくなった後に認められることもありますので「形として残すこと」ができるかどうかなんですね。そのよさや有効性が多くの人に説明できるようになったり、そのことについて理解できる人が増えてきたときに、受け入れられるのでしょうね。

そのときには、過去には「正しくなかったこと」も「正しいこと」に変化することもあるんですよね。もちろん、知らなかったことがわかったことで、その逆もあり得ますよね。

その時代で生きている以上、その時代に認識される「知識」と「情報」でなければ「正しくない」と判断されてしまうこともあるのです。

長い目で見れば、今、正しいとされていることが「本当にそうなのか」言い切ることは、結局、誰にもできないのではないでしょうか。

 

感情 と 振る舞い

「正しい」いう言葉とは「情報」「行い」「物事」について、正しいかどうかを判断するときに使いますよね。

例え自然現象のことであっても、その「情報」「行い」「物事」について、何らかの形で人が関わることがあれば

  • 大事なのことは、感情が動いたタイミング
  • それから、話のもっていき方。立ち振る舞い

この2つのことは、その「情報」「行い」「物事」の関わった人がどう行動するのかということを知るときのポイントになります。

いつ命の危険があるかわからない戦国時代の武将が、どのような人物を昇格させて自分の直近に置いたのかということをいくつか見てみると、歴史をさかのぼってみても「今も昔も人間の感情や振る舞いは変わらないものなんだなぁ」と感じます。

どの時代にも似たような人が存在しています。それは「人は感情によって動かされ、それをもとに立ち振る舞いを判断し行動してきた」という基本的な動作は変わっていないからなんでしょうね。

人によって行動パターンは何通りもあるけれども、現代であれば○○診断とかタイプ別にいくつかにわけられたりもしてますよね。全てではありませんが、そういった本なども読む価値はあると思っています。

事実や過去のデータを分析したうえでつくられた、パターン表のようなものとすれば、占いや方位学のようなことも、参考にできるものもあります。

情報を発信した人の「感情」と「振る舞い」をよく知っておくことは、正しいかどうかを判断するうえで大切なことです。しかし、よく見落としがちな部分でもあります。

そのことをわかっている人とわかっていない人では、事実を正確に見れているかどうかの違いがあります。

「人は感情を抑えることは難しい」と心得ている人は、相手の振る舞いをよく観察し、自分でも意識した行動を心がけています。

相手の「感情」を表す部分と「振る舞い」に一致しない違和感がある場合には、表には出さない本音がどこか裏側に隠されているでしょう。

それが何なのかを知ることが大切です。

 

不安や欲望があるから どんな情報も信用してしまう

不安とは

「まだ起きていないことに対して、あれこれ心配してしまう気持ち」

欲望とは

「到底、手に入れられそうにないようなものを欲しいと望むこと」

どちらも共通することは「感情が揺れ動きやすい状態」ということです。

世の中の情報は、人に注目してもらうことに重視してつくられているものが結構多かったりします。それは内容がどうのこうのというより、インパクトや新しさ、特異性などを強調する情報であるために目立ちます。それは不安や欲望の部分を刺激されるような内容です。

感情が揺れ動きやすい「不安」「欲望」を刺激する情報をあえて出すことで、反射的に行動してしまう人を情報で操作してしまっている状態なのですよね。

不安なときは、いち早くその状態から抜け出したいと思うでしょう。

欲望が、具体的なイメージとして見せつけられれば、今にも手の届きそうなもののようにも思えてきます。

世の中には、人のそういった心理の作用を利用したものもたくさんありますよね。

このように「正確な情報を伝える」というよりも「見てもらう」「行動してもらう」ということを重視した情報がたくさんあります。

そのためメディアに取り上げられたり、人に注目を浴びたり人の目に多くつくものが、必ずしも正確なことだとは限らないのです。

多少なりとも、どこかに携わった人の主観が入っているので「相手の目的は何なのか?」「それを含めて信頼できるかどうか?」ということが重要なんですね。

実際に現実にあった歴史の文献や資料にしても、その事実を知るためには、その残された情報を頼りに事実を見つけていく他ありませんよね。

「その情報が正しいものなのか?」「誰かが意図的に残したものなのか?」という違いを見わけるためには自分の「不安」「欲望」とは切り離した状態で、第三者の目線でその情報を見るようにしましょう。その周辺の事実を立証することで、より正確であろう判断ができるようになります。

 

何が正しいかは なかなか決められない

そうなると「何が正しいとか」「正解はコレ!」みたいなものは決められない。

たぶん、誰にも。

人それぞれが、その人なりの正解だと思う方向を信じて選びとっていくしかないのでしょう。

そのために、さまざまな価値観が存在しているのですね。

それぞれに大切にていることには違いがあるでしょう。何でもかんでも「正しいことはコレです」と決められてしまうことで、それぞれが大切にできていることも許されないことだってでてきます。

ある程度の個人の自由が認められている社会にいる以上は、自分の責任において判断していくしかないんですよね。

 

できるだけ正確な情報を手に入れる方法

誰が見ても正しい正解はわからなくても、事実は誰が見ても変わりありません。

その情報の事実にあたる部分に注目して、その事実が正確なものであれば、自分なりの答えは見つけやすくなります。

 

どこに情報が集まるかの性質を見わける

マスメディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など)の情報は、全てではありませんが、タイムリーで情報が早い分、その場のノリで伝えているようなことも多いですよね。

その点、は多くの人の手がかけられ、ある程度時間をかけて製作されていますし、それなりに吟味されたものでないと出版されにくく、店頭に置かれることもなくなると考えられます。

ブログや掲示板などの情報は、他の情報に比べ自由度が高い分、本音や他では聞けない情報を目にすることができます。

 

世の中にいる人を知る

  • 過去から現在までのさまざまなタイプをたくさん知ること
  • その人たちの行動や共通点やパターンを自分で分析してみる

どういう考え方の人が世の中には存在するのかをたくさん知っておくことは大切です。

 

そのことに関わっている人はどんな人なのかを知る

  • その人の気質を知ること
  • その人がどういったことで感情が動くのか?
  • その人が行動するときはどのような行動をするのか?

情報に関わっている人が「どうしてそういう情報をみんなに知らせようとしているのか?」を知りましょう

 

その情報の裏と表を知る

  • ネットでできるだけたくさんの情報を集める
  • その情報についてのメリット・デメリットを知る

人には長所と短所があるように、情報にもメリットとデメリットがあります。そういったことを隠すことなく、デメリットも伝えてある情報の方が自然です。逆に言えば、メリットしか伝えようとしない情報は不自然でそのままでは信用できません

必ず別の手段であっても、自分でデメリットとなる情報を確認するようにします。

 

正しい情報を選ぶためのポイント

どうやって正しい判断をしていくかのポイントは2つあります。

危機管理能力を働かせる

ひとつ目は、危機管理能力です。危険を察知する感覚です。

「何かがおかしい」と感じる感覚は、これにあたります。

もともと、心配しやすい私は「理由はとくにないけれど」ということでも「ちょっと、違うかな」とか「こういうのは、ちょっと」と思うことからはできるだけ遠ざかるように心がけています。

そのときには「かわいそうだから」とか「仕方がなく」ということで我慢して、そのことを選んでしまうと、後々、その選択は間違えだったことに気がつくのです。そのことに気がついてからは自分の感覚に素直に従って動いてきました。

決められないけれどもイヤだなと感じる「したくないこと」「やらない方がよいこと」はどうしても避けていきたい気持ちは強いです。

一見、わがままにも見えるこの行動は、危機管理能力の現れだと思ってます。

自分を大切にする気持ちがあれば、より敏感に危険を回避するアンテナを立てることができます。

そんな、動物的?感覚を大切に自分の感覚を信じることも大切なことです。

 

お手本となる人を見つける

2つ目は、お手本となる人を見つけること。

歴史上の人物でも、架空の人物でも、身近にいる人でも「こうありたい」というお手本になるような人物や生き方、考え方を参考に、自分が思う正しさを深めていくこと

 

この2つのことを掛け合わせて、選択してきた結果が今です。選択した結果で、間違えや失敗をして反省をすることはありますが、後悔はありません。

起きた結果に対して後悔しないことが、自分にとっての正解なのでしょう。

 

まとめ

自分にとっての正しい答えは、誰に教えてもらうでもなく、どこかにあるわけでもないのですよね。

事実を見つけるコツ

  • 情報の仕組みを理解する
  • 人間の心理や行動を理解する
  • 世の中のことの関連性に注意して理解する
  • 直感、動物的な感覚を働かせる

 

情報の選択基準

  • 情報が事実かどうかを確認する
  • 自分の価値観に近いものをお手本にして選択していく
  • 動物的な直感「危機管理能力」を発揮し信用する
  • 欲望にとらわれすぎない

以上のことです。

これらのポイントを意識して自分にとっての正解を見つけていきましょう

物事のイイ面とワルイ面をできる限り知ることで、事実かウソを見抜けるようになってきます。

たくさんの知識や方法を知っている良心的な人は、あからさまにこれが正しいアピールをすることは意味のないことだとわかっています。自分の気持ちや情報を伝えることはあっても「その人にとっての正しさ」であることを意識してしています。

いかにも「あなたのためを思って」というような人や情報には、とくに注意が必要です。

「自分はコレ好き」「コレいいかも」ってことをお手本に一つずつ自分に取り入れてみましょう。

自分の動物的な感性を働かせ、危険を察知する。

 

長い目で見たときに、少しでも今よりこうであったらいいなと思う未来を描いてみる。身近なできることから実行していくことで、実現できていることに気づきます。

そのときに「これでよかったのだ」と思えることが、正しい選択ができていることになるのでしょうね

 

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