才能は、特別な人だけが持っているものなのでしょうか?
それとも誰にでもあるものなのでしょうか?
才能って、一体どんなことをいうのでしょう?
今までにたくさんの才能ある方々が世の中の多くの人に認められて名前を知られるようになっていますよね。
似たようなことをしている人もたくさんいる中で
「なぜ、その人をすごい!と思うのか?」
そんなことをあれこれ考えて周囲を見回していたら、天才と呼ばれるような才能ある人たちに共通点があることがわかりました。
今回は
- 才能とはどのようなことをいうのか?
- 才能がある人の共通点
- 才能を開花できる人とそうでない人の違い
についてみていきましょう。
同じことをやり続けること
- 歌を歌う
- 絵を描く
- 考える
- 発信する
- 整理整頓する
- 体を動かす
など
ざっくりとした捉え方で見て、同じことを続けていることを言います。
たとえば
小さい頃から歌が好きでよく童謡を歌っていた子が演歌歌手としてデビューすることになって多くのファンに応援されるような存在になったとします。
その場合には童謡、演歌といったジャンルにこだわらず「歌うこと」が好きで続けたから、チャンスに恵まれ多くの人の目に留まることができたんですよね。
結果として「歌うこと」の才能がある人として認められるようになります。
サッカーばかりしていたサッカー少年がベストセラー作家として多くの人から認められることになれば、サッカーを続けてきたというよりは「戦略的に物事を考えること」「ちょっとした機微を観察し気づくこと」が好きだから続けてきたのかも知れませんよね。
「サッカー選手」と「本を書く作家」ではまったく違う気がしますが、このようなざっくりとした捉え方で考えれば
「戦略的に物事を考えること」「ちょっとした機微を観察し気づくこと」が好きという共通する部分があるんですね。
関わるジャンルが変化しても本人からすればやっていることは同じ感覚だったりするのでしょうね。
譲れないこだわりを持っていること
才能がある人は、簡単にわかりやすい言葉として表せないような部分での譲れない想いを持っているんです。
- 歌を歌いたい
- 絵を描きたい
- サッカーがやりたい
などのわかりやすいことではありません。
- こういう自分でありたい
- こういう生き方がしたい
といった自分が思い描いた希望が鮮明に頭の中に描かれているかのようなのです。
目の前に困難なことが起こっても、本質的な目指すものがあるために関わる方法を変えながらも根底にある想いへのこだわりを持ち続けることができるんですね。
とことん何か1つのことが好きなこと
ひたすら同じことに興味を持ち続けられるのは、それだけそのことに情熱を持っているからなんですよね。
好きなことについて語らせたら、いつまででも話せてしまう。
そのぐらい詳しいことでもあるんです。
「それでもまだ、もっと知りたい」
そう思い読けられるぐらい才能がある人にとっては、一生関わっていきたいものでもあるんですよね。
それはなぜなのかは、おそらく本人もわからないまま「好き」だという気持ちが続いていくものなんでしょうね。
他のことには目もくれず一つのことに多くの時間を使っていれば、必然的に他の人よりも多くのことを知ることができますものね。
寝食を忘れてしまうほど打ち込める集中力を発揮できる
才能がある人は、外の刺激に惑わされない芯の強さと桁はずれな集中力を発揮することができるんですよね。
それは健康に生きていくための生活の基本さえも必要ないかのように、好きなこと(一つのこと)だけしか考えない状態です。
そのぐらい1点集中した状態で、他の人にはわからない創造性や考え方を展開させていけるようになるんですね。
新しい考えや方法を見つけることができても、現時点で周囲にいる人に伝わるように表現することができなければ無いのと同じです。
「どうやったら、この考えにたどり着いたことを他の人にも伝えられるだろうか?」
「わかってもらえるだろうか?」
というところまで考え行動できる。
才能がある人は、自己完結ではなく必ず何らかの表現者として存在しています。
誰にも認められないようなことも気にせず楽しめること
大人になってから楽しいと思うこと、やってみたいことを始めるときには
- くだらないと思うようなこと
- 誰も興味も持たないようなこと
- やっても意味がないと思うこと
などは、自然と「やらなくてもいいかな」
と選択肢から外すことがありますよね。
ほとんどの場合には、何をやるにしてもつい誰かに認められることに目標を設定してしまいがちです。
才能がある人の場合にはそこが違います。
- 「誰も興味を持たないだろう」ことに自信を持って楽しめること
- 他の人が簡単にやらないことをやり続けること
というように、多くの人とは真逆なことをしているのです。
やみくもにただ逆を行くのではなく、あくまでも自分の「好き」という気持ちがベースにあることから始まっていて、他の人が選ばない道をワクワクしながら進んできた。
そんな感じに見えますよね。
もっと知りたいと思う子どものような好奇心を持ち続けていること
大人になるにつれて、自分とは違う価値観の人との関わりが増えてきますよね。
そうなると自分の社会的な立場や価値観が違う人との関係性を優先して生きていくことも出てきます。
その場にいるためには、自分の想いや感情にフタをせざる負えない状況を多く経験するうちに、子どもの頃のように純粋に自分が感じる気持ちを忘れてしまうんですよね。
多くの人は、このように日常の生活を送ることで精いっぱいになってしまいますよね。
才能がある人の場合は、子どもの頃から大事にしてきたこだわりと譲れない強い想いがあるおかげで、どんなに違う価値観の人と出会っても、自分が信じた道を忘れることはありません。
好奇心に従っていくことは、何よりも才能がある人が喜びを感じていることなのでしょう。
ただひたむきにわからないことを素直に知ろうとする探求心が強いこと
「なぜなんだろう?」
そう思うことがあると「まぁいいか」とはなりません。
とにかく知りたい。
その一心で行動します。
自分なりに仮説を立てて、新しい考え方や方法をどんどん試していくことができます。
素直なことも才能を開花させる条件だと思います。
素直であれば、知らないことを人に恥ずかしいと思うことなく教えてもらおうとするからです。
その分、経験者などの有益な情報にも多く触れることになるため、生きた知識とノウハウも身につけやすいのでしょう。
失敗や屈辱があってもくじけない粘り強さがある
才能が開花する(多くの人に認められる)ようになるまでには、才能を見出せなかった人と同じような失敗や屈辱もたくさんあったようです。
しかし本人からすれば
「強い風に吹き飛ばされそうになることもあった」
と、その程度のこととして受けとめることができるのです。
さらに、気にするような素振りは見せず(傷つくことがあったとしても)前に進む粘り強さを持っています。
「日はまた昇る」
という名言があるように、どんなことがあったってまた明日になればいつもと変わらずお日様が昇って1日が始まることを意識して淡々と日々過ごしている。
という印象に見えますよね。
まとめ
「才能がある人」といわれる人たちは、人から認められることで才能を証明されているようにも感じます。
多くの人が人に認められたいという気持ちで動いているとすれば、才能がある人はその逆のことをしています。
認められたいから動いているのではなく、純粋にそのことが「好き」だからそれしか見えないという状態。
才能の芽は誰でも持ってはいるけれど、開花させるには周囲の雑音に流されることなく純粋に自分の「好き」を追求し読けることが大事なんですね。
世の中には、ラクなことや嫌な気分を紛らわすための楽しいこともたくさんあります。
目の前にそれらがあったときに、あなたならどちらを選びたいですか?
その答えが、才能を開花させるかどうかの鍵を握っているんですよね。