「ワイワイと仲間と集まることが好きな人」がいる一方
「大人数でいるのは苦手な人」がいますよね。
このように、感覚が違う人が世の中にはいます。
それはなぜだと思いますか?
「ただ、コミュニケーションが嫌いなだけでしょ」
そうではないんです。
それは「外向的な気質」「内向的な気質」が関係しているからなんです。
内向的な人は自分からあまり多くを語りません。
たとえ思ったことを話したとしても、多くの人が同意してはくれないと諦めてしまっているんですよね。
そんな「内向的な人のわかりにくい部分や特徴」「内向的な人に向いていること」をお伝えします。
ちょっとした外部の刺激も敏感に察知する
内向的な人は、外部の刺激を敏感に受け取りやすいため、常に防衛本能のような作用が働いてしまいます。
他の人には感じないようなことも敏感に察知してしまうので、人一倍、危険や違和感に気づきやすいんですよね。
他の人からすれば
「何でそんなこと気にしているの?」「気にしすぎ」
ということがよくあるんです。
大きな音、どちらかというと高音の音が苦手。
複数人で話をするとき、またはザワザワとした複数の音が重なっている雑音が気になるときは、意識をどこに集中すればよいのかわからなくなる。
温度や人の気配にも敏感で、いつでも周囲が気になってしまいます。
音楽や芸術の表現に対しても敏感なため、表現の違いを見つけることも得意です。
何かを観る、聴くなどすることで相手の言おうとしていることを深く感じ取ろうとします。
意識が自分の内側に向かいやすい
外からの多くの刺激から自分の身を守る本能が働いてしまって、意識はどうしても自分の中の内側に向かってしまうんです。
「気にしすぎ」「考えすぎ」と否定されるのが嫌だから
どんなことに対しても、ちょっとした違いや違和感にすぐに気づいてしまうため、そのことを人にも伝えたくなります。
しかし、実際に目の前にいる人に伝えても、理解してもらえない場合が多く「考えすぎ」「気にしすぎ」と思われ「もっと楽しいことを考えたら?」と言われてしまう感じです。
直接、言われることがなくてもそういう雰囲気や態度で相手の考えに気づいてしまうんですね。
あまりにも、こういったやり取りを多く経験すると
「自分がおかしいんじゃないか?」
とさえ思えてくるんです。
自分が否定されて、さらには自分自身さえも否定しようとしている。
こうなってくると「良くないな」と自分でも感じるんですね。
だから人と関わることをやめ、自分を守ろうとします。
社会での建前ではなく本音が見えて対処に困る
基本的には建前で社会生活を送っている人がほとんどなんですよね。
そうしないと、人間関係がうまくいかないからです。
現実社会では、その他の感情も相まって
- 上辺で同意してくれる人
- 反論してくる人
- 無いものとしようとする人
いろいろな反応があります。
相手が表向きに発している建前の気持ちだけを見て受けとればよいのですが、どうしても、その後ろにあることも気づいてしまうんです。
このような感情がダイレクトに伝わってきてしまうんですよね。
相手が知って欲しくない本音が見えてしまい、見えない振りも出来ずに、どう対処すればよいのかわからなくなってしまうんですね。
こうなるとできることは、自分の中で見なかったことにする。
気づかない振りをするということなんです。
結果、自分の世界に入って、別のことを考えたくなるんですね。
ひとりでいるのが一番ラク
ひとりでいるときには、自分が心地よい好きなことしか触れようとしませんし、できるだけ心地よく過ごせるポイントや場所に身を置くことがとても重要だとわかっています。
誰かといっしょにいることは、楽しい気持ちにもなりますが、いつも気を張り詰めていることにもなるんですよね。
相手の反応や気持ちを考えすぎてしまって、身動きが取れないこともあります。
そうすると、空気が読めていないわけではなくて、うまい具合に自分が反応できないでフリーズしてしまうんですね。
周囲からは、結果的に「空気が読めない」とか話のキャッチボールができないために「つまらない」とか言われてしまう。
自分の状態をいちいち説明しても、仕方がないことだと諦める。
そんな状態が繰り返されているうちに、ひとりでいるのが気楽でいいと思うようになるんですよね。
社会の中で自分らしくいるのは勇気のいることだと思っている
「社会の中でわかりやすく多くの人から評価されているものがよい」
と思う風潮ってありますよね。
明るく大きな声で発言している人がどうしても目立ちますし、正しいようにも感じてしまいやすいですよね。
そういった心理の作用って大きいんですよね。
ましてや、人が集まると集団の心理といった作用もありますよね。
何となく「その意見に従わなくては」と思わざるを得ない状況のときですね。
内向的な人は、人一倍、考察することが好きなので、どうしてそうなるのかをいつも見つけようとしています。
社会や人の心理がわかってくると、声を大きく出そうと思わない自分みたいなタイプは、できるだけ叩かれないように余計なことを言わずに静かに過ごすのが一番よいと思うようになるんですね。
「社会の中で自分らしく生きていくのは勇気のいることだ」
と内向的な人は思っているんですね。
意図的に楽しもうとしても楽しめない
何かのイベントがあるときにも、楽しい気持ちより、不安や心配な気持ちの方が大きくなりやすいんですよね。
「明日は待ちに待った○○へ行く日」
だとしても、余計なことを考えすぎてしまうからこそ純粋に楽しむことができない。
いつも通りの自分でも気にせずいっしょに楽しもうとしてくれる相手とは、楽しい時間を過ごせたとは思えるんですよね。
けれども気力は、消耗しているのも事実です。
そして
「これでよかったのかな?」
とまた、考え始めてしまうんですね。
普段から使う必要ない気力を使いすぎていつも消耗気味
内向的な人が自分のことがよくわからないままでいると、いつでも無条件に気力は消耗気味でいます。
なぜかわからないけど、いつも疲れてしまっているんです。
そして休息ととっても、すぐにまた疲れてしまう。
なぜなのでしょう?
それは、いつでも気を使っているから。
誰かに手を差し伸べるとかでなくても、知らなくていいことまでわかってしまう故に変な気の使い方をしてしまいます。
そのままに行動すれば、すごく喜ばれることもあるし、ちょっと不思議がられることもある。
わかる人にはわかってもらえるけれど、そういう人は少数です。
後は気にしていないか「そこは、いいんじゃない?」という反応の場合も。
内向的な人が面倒なことに気づいてしまった場合には、周囲の人は自分に罪悪感があるような気がして
「余計なことをしてくれた」
といい迷惑に感じるのでしょう。
内向的な人は自分では、よい事をしようと思ってやっているわけではなく
「知ってしまったからには放っておくわけにはいかない」
という気持ちが大きいのですよね。
内向的な人が楽しめるもの
内向的な人が楽しく感じる理由は
- 空想できる
- 考えられる
- 実社会とは別次元の場所にいる感覚(批判や騒音のない世界)
この3つができるのがうれしいんですよね。
具体的には
- 本
- ゲーム
- アニメ、マンガ
- 音楽
- 映画
- 芸術
- 自然
- 睡眠
- インターネット
- 興味を掘り下げること
- 物事を追求すること
- 淡々と続けていくようなスポーツ
以上のことに没頭することが楽しく感じます。
内向的な人だって人とつながっていたい
ここまでくると
「じゃぁ、ひとりでいればいいよね?」
と思いますよね。
内向的な人にだって、それでは寂しい気持ちもあるんですよね。
- 誰かと気持ちを分かち合いたい
- 自分の考えを表現したい
- 自分の存在意義を確かめたい
こういった気持ちはタイプや気質に関係なく誰にでもある欲求なのではないでしょうか。
人はどこかの社会に属して生きていくことになりますよね。
自給自足ができるのなら、ある程度は自分だけのルールで好きなようにしていても誰にも文句は言われません。
自給自足であっても、住む場所はその国の土地であることは変わりありませんし、その場所の決まりやルールに属して生活していくことも必要なままです。
それは、結局何かしら誰かと関わって生きていくことなんですよね。
その部分を認めてしまって、最低限どこまで自分の中で許容していくのかを決めてしまいましょう。
そうすると、社会に参加している最低限の責任は果たしている自信が持てるようになりますよ。
関わる人の範囲は、人それぞれでいいんですよね。
人と関わることが楽しいと感じる人もいれば、楽しさもあるけれど疲れてしまう気持ちが強い人もいる。
どっちが正しいとかではないんですよね。
内向的な人は同じタイプになかなか出会えない
物事を深く考えることが好きな人は、どちらかというと内向的なんですよね。
現実社会で似たような人に巡り合うのはなかなか難しいかも知れません。
なぜなら、相手も内側へ向かって意識が向いているから。
今まであまり人と関わることに対して、楽しい感覚を持つことができずにいたからです。
どちらかというと、自分の生き方や考え方を否定されてきた感覚を強く持っているんですよね。
内向的な人が自分らしく楽しめるためにできること
内向的な人は、直接的なとくに「雑音」「人の気配」などがダイレクトに感じない環境でいることが一番、リラックスできます。
リラックスした状態でいられると、純粋に楽しむことができるんですよね。
仕事などに没頭することでも、自分らしく楽しむことができます。
インターネットが向いている
インターネットは、内向的な人の思考にぴったりと合っています。
掲示板やブログ、ホームページなどで情報を得る、メールやSNSを介して人とコミュニケーションをする。
そういったことでの直接的な刺激が少なく、内向的な人にとっての精神的な負担が少なくて済むのです。
時間をかけてじっくり考えて判断したい内向的な人は、その場で対面でダイレクトに情報を得るよりも、たくさんの情報をじっくりと見比べてみてから判断する方が安心も納得もできるんですよね。
自己表現するのなら対話的なものではなく一方的なものがおすすめ
自分らしくするというのは好きなことができるだけではなく、自分の存在価値を認められたい欲求も満たす必要があるんですよね。
自分の考えを表現し他の人と共感することができれば、その欲求は満たされます。
相手も自分と同じ考えを持っている人を知ることができれば、心強くうれしい気持ちになりますよね。
直接、交流することがなくても、その作品を通して気持ちを通じさせることだってできるんですよね。
その表現方法は、直接的なコミュニケーションではなく一方的であっても伝えることができる方法がおすすめです。
- 文章を書く
- 絵を描く
- 作品を作る
- 音楽を作る
- 料理を作る
などです。
感覚による情報を多く受け取ることができる内向的な人は、同じ内向的な人とつながることができるという意味でも、上記のような感覚に頼った表現方法が合っています。
内向的でない人よりも、より繊細な感覚にも敏感な特徴を活かすことができます。
それを使って、今度は自分が誰に向けて表現して何を伝えたいのかを行動していけばいいんです。
自分を何かしらの方法で表現していけば いつか同じような感覚の人と出会える
自分で想像したことや、考えていることを心にそっとしまっておくだけでなく、自分に相応しいやり方で表現していきましょう。
内向的な人だからこそ得意なことがあるんです。
自分が楽しんでできることでOK。
外に向けて何らかの行動してみると、それに気づいてくれる人が現れます。
もしくは、自分が見つけるかも知れません。
今までは、自分のことをよく知らなかったから、どう行動すればよいのかがわからなかっただけですものね。
まとめ
内向的な人は「誰にも相談できずに、このままでいいのかな?」と悩んでいる人も多いんですよね。
内向的である大きな特徴は、他の人にはわかりにくい繊細な感覚が鋭いこと。
その部分での気力の消耗に配慮しながら、メリットとして活かしていくことをおすすめします。
それは仕事としても、共通して言えることです。
あと周囲に気持ちを分かち合える人がいない場合には、とても心細く不安になりますよね。
しかし、安心してください。
社会の中には、同じようなタイプの人も一定数いるはずなんです。
なぜなら、インターネットでの書き込みや情報を見ていてもそう感じるからです。
しかし実際に、身近にいたとしても多くを語らないために、何を考えて思っているのかがわかりにくいことがあるんですよね。
誰にどう説明すれば伝わるのかさえも難しいですものね。
インターネットは、内向的な人にとても相性がいいんですよね。
きっと似たような考えや思いを持つ人とも出会えますよ。
自分らしい表現方法を見つけると、内向的でない人にも伝わる表現があることも発見できます。
内向的であることは決してデメリットではありません。
自分のペースで自分らしい方法を見つけてその特徴をメリットとして活かしてみてくださいね。