やさしさと思いやりは、わかりにくいほど素敵

やさしくしてもらうと、どんな形であっても正直、嬉しい。
手助けをしてもらったり、やさしい言葉をかけてもらったり、わかりやすいやさしさであろうと、もちろん嬉しい。
例え、そこに何かの意図があったとしても、出来る限り素直に受けとめたい所です。

では、わかりにくいやさしさや思いやりとは、どんなことか?

寄り添う、見守る、勇気づける、気分転換させてくれる、おいしいものを一緒に食べる、ほっとする感じ、感情に振り回されることなく穏やかでニュートラル、ユーモラスである、などなど。。
考えれば考えるほど、次々と出てきます。

人そのものだけでなく、アートやインテリア、ファッション、環境、店、サービス、何でも感じ取ることが出来ると思います。

癒される感じともいうのでしょうか。

昔から人は、個人の想いを正直に表現できない状況や世の中を生きてきた私たちだからこそ、芸術やアート、本、建物、音楽、など様々なものに、様々な意味やメッセージを込めて、表現してきたのでしょう。

本当に伝えたいメッセージが簡単には全ての人には理解され難いからこそ、批判的な意見と対立しないためにも、色々な人の感情に邪魔にならない曖昧さを残した表現方法が必要なのだと思います。
隠されたメッセージをわかる人には、思いを感じることが出来て、時を超えて共感出来ることに気づく。

単純に色々なもの事に関しては、シンプルがよい思うことがよくあります。
シンプルなものは、一見、普通に見えて誰にでも出来て、いつでもあるもののように見えます。何となくわかりやすい感じがします。

その人が発している『あえてシンプルにする意味』『隠されたメッセージ』をどこまで感じとれるか。
そこを発見し共有出来た時の感動は大きいと思います。

やさしさや思いやりについても、本当に余計なことは省いて、究極は、その人が近くに居るだけで癒されるとか、ほっとする、安心出来る。というのが、広い意味でのやさしさではないかなと。

何かをしてもらったり、してあげたりしたわけじゃなくても、そんな人がそばに居てくれるだけでいい。
知らぬ間に元気やパワーをもらえたり、幸せを感じられる人やものでもあるかも知れない。

好きなものに囲まれた生活だったり、好きなアーティストの曲を聴くと元気になったりするのと同じ感じかな。

君だけじゃないよ、僕もこんなこと感じてたんだよ、こう思ったんだ!ってことを
共感し代弁してもらっている気がするのかも。

自分の事はわかってもらいたい気持ちはあっても、結局は身近な人でさえもこちらの事を知っているかの様に手を差し伸べてくれるやさしさや思いやりは、どこか違和感があるし、その時の感情の変化は、自分でも自覚していない時もある。

先にも述べた、
『寄り添う、見守る、勇気づける、気分転換させてくれる、おいしいものを一緒に食べる、ほっとする感じ、
感情に振り回されることなく穏やかでニュートラル、ユーモラスである、などなど。。』
直接的でない方が、心地よく、丁度いい。

わかりやす過ぎるのは安っぽく感じちゃう時もあるから、
その場ではすぐに気づかないぐらいが、いいなぁ。

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